自己流で勉強しています

ギターの基本的な技術、姿勢、その他の疑問について
motoki
記事COLON 48
登録日時COLON 木 7 9 2006, 10:44
お住まいCOLON 阪神

HAUSER508さんへ

投稿記事 by motoki » 火 12 9 2006, 15:56

はじめまして私も芦屋在住です。中高年の人が居るクラシックギターのサークルはないでしょうか。合奏がしたいのです。いつも一人でチマチマ弾いてます。老人なので若い人とは苦手です。

宮崎 伸太郎
記事COLON 4
登録日時COLON 月 4 12 2006, 18:16

投稿記事 by 宮崎 伸太郎 » 金 22 12 2006, 10:52

 自己流はあまり賛成しません。
私は45歳の時に初めてテニスを習いました。
ラケットは生まれて初めてというものでした。
それから10年間100万以上かけてレッスンを受けました。
うまくなったとは思いませんが、自己流の人よりは綺麗なフォームといわれます。
自己流は小細工は上手になっても、たぶんそれで終わりだと思います。
 音楽は良い音楽でないとだめです。
指が早いことも絶対的に必要ですが、綺麗でなければなりません。
蝶々蝶々を短音で弾いても、キチンと綺麗に弾けていれば、すばらしい音楽に
なるはずです。
基本を正確にすることが大事だと思います。
私のギターは自己流です。
ものすごく後悔しています。
年をとるとなかなか融通が利きません。
いまやっと先生についてやっていますが、自分を曲げられずに困っています。
もっと早く先生につくべきでした。
先日アラビア風奇想曲を人前でやったのですが、子供が
あまり上手じゃなかったよといっていました。
基本が大事と尚更思います。

Yuki
記事COLON 175
登録日時COLON 木 11 5 2006, 13:38
お住まいCOLON 八千代市

投稿記事 by Yuki » 金 22 12 2006, 21:32

こんばんわ。

すでにいろいろな方々から賛否両論が出されておりますが、思うに何を求めるかによって違った見方になろうかと思います。

以前の投稿でも書きましたが、わたしの場合はほとんど独習です。趣味として楽器を弾く。耳にした曲で素敵だなぁ、弾いてみたい、と感じる曲があれば、超技巧的な難曲を除けば、それなりに曲らしく響くくらいには弾きたい。と、言ったような視点から見れば
独学でも、特に昨今の情報量(ビデオなどの視覚的な教材、CDその他の文字通り音としての情報、あるいは、こうしたフォーラムなどからの知識、などなど)を考えますと、技術面でよほど変なくせがついたりしない限り、十分楽しめる上、一定の向上も可能かと思います。

しかし、これも経験上いえる事は、その行き着くところは、そこそこ弾けるアマチュアだ、ということです。場合によっては、とりあえず指は動いているけど、弾いている音楽はめちゃくちゃ、というようなこともあって不思議ではありません。さらに言えば、そうして弾いている音楽が、良く言ってあまりに個性的、悪く言えば非音楽的であるかもしれないこと自体を、本人が認識できないことです。

先生につかれることは事情が許す限り良いことだと思いますが、反面、独学で楽器と音楽を楽しむことは、十分に可能だと思います。先生につかれるのであれば、学校、個人を問わず、楽器を弾く技術もしかりですけど、どんなレベルであっても音楽そのものを教えていただけることが一番だと思います。
Yuki

honey helper
記事COLON 180
登録日時COLON 水 18 5 2005, 15:52
お住まいCOLON 神奈川県横浜市青葉区

投稿記事 by honey helper » 火 9 1 2007, 12:55

Yukiさん

「そこそこ弾けるアマチュア」・・・何と的を得た言葉でしょうか。
まさにその通りです。お金をもらって聞かせるプロと、お金を払って聞いてもらうアマチュアとの間には、大きな大きな隔たりがあります(深くて暗い河があるって、昔誰かが歌っていましたっけ)
私はずっとコピーライターをやっております。(今は自分で書く機会もほとんどなく、ただの中間管理職と化してしまっていますが)。
その仕事柄、色んなプロとおつきあいをして参りました。カメラマン、デザイナー、ヘアメイク、もっと言えば、撮影用の服のアイロン掛け専門の人、撮影用の料理だけを作る人、ロケバス専門の運転手。とてもじゃないですが、「そこそこ腕に覚えのあるアマチュア」の勝負できる世界ではありませんでした。

私のギターは、まさしく「そこそこ弾けるアマチュア」=趣味です。だからこそ自分にとって一番しっくりする方法で弾くということなのでしょう。
私の場合、いい先生を探したり、時間を決めて習いに行くのがうっとうしいのと、昔からの経験があるので、ギターの場合は、習う気もありません。

これもYukiさんが書いてらっしゃいましたが、今は情報量があります。CDを聞く、DVDを見る、楽譜を読む、タブ譜付きの楽譜を読む。こんなことでかなりの事は分かります。

ただ、手っ取り早く(言い方に語弊がありますが、効率よく)始めたい方や、もっと色々な事を知りたい方は習ってみるのもいい方法でしょう。

Yuki
記事COLON 175
登録日時COLON 木 11 5 2006, 13:38
お住まいCOLON 八千代市

投稿記事 by Yuki » 火 9 1 2007, 23:04

honey helperさん、こんばんわ。

個人的な雑感にコメントありがとうございます。ご経験から感じられる超えられない壁のようなもの、まさにわたしも感じるところです。極論を言いますと、指の運動としての楽器を弾く技術は、おそらく適切な方法で多大な努力を積めば、たいていの人はお金を取れるような演奏ができる可能性の半分を手に入れられると思います。無論それとても容易なことではないのは言うまでもありませんが。しかし、わたしが超えられない、と感じるのは音楽そのものです。

想像するに、プロの音楽家とアマチュアの決定的な違いは、こう弾こう、という明確な設計図と意図を持っているかどうか、それを実行できる技術があるか無いか、さらに自分の音を客観的に自分自身で聞けるかどうか(この点は録音と言う補助手段がありますけど)の、三つだろうと思います。素人のわたしは、どんな曲であれ、情緒的にこんな感じかな?と適当に弾くことはできても、こう伝えたいとか、この曲はこう弾くべきだ、などと意図的にコントロールすることはなかなかできません。それをいかに緻密にできるか?がお金を取れるかどうかの分かれ目でしょう。16小節ぐらいの簡単な練習曲であれば、それも可能かもしれません。でも、15分も演奏時間がかかるような3楽章のソナタを、最初の一音から最後の和音まで綿密に設計することなど、思いもよりません。でもそうしないと、音楽はたいてい薄っぺらに聴こえるものなんですよね。

でもって、我々アマチュアはそんなことは一向にお構いなく、手がけた好きな曲を取り合えずあまりつっかからずに弾き通せたりすれば「うーん、我ながらなかなかの演奏であった!」と悦に入りながら一杯やったりするのが楽しみでよろしいのでないでしょうか?
Yuki

remain-iihama
記事COLON 324
登録日時COLON 火 28 3 2006, 20:06
お住まいCOLON 埼玉県

短所長所

投稿記事 by remain-iihama » 木 11 1 2007, 12:42

 僭越ながら気になる話題でしたので投稿します。
 自己流には短所もあれば長所もありますよね。
 既成概念に囚われずに新しい試みがしやすい事や
 自分のペースで自分だけの音楽の世界を作り出せる事が長所だと思いますが
 一方、独りよがりで独善的な音の羅列に陥り易いという危険が伴ないます。
 特にクラッシック音楽は、伝統的な表現方法が確立されており、独学であれ何であれ
 作品を尊重するのなら、それなりの知識と技術を習得する必要があります。
 音楽を己のみで楽しむのなら別ですが、第三者に聞かせるのでしたらやはりこの点を十分に理解しておく事が大切だと思います。
 さて、独学で上達するには、沢山のお手本を探して模倣していく事がまず必要だと思います。その上で、様々な角度から技術や音楽性を検証していく視野(と知識)がないと、上達が阻害され易いのですよね。この労力が甚大なのです(技術だけなら大した事は無いのですがね)。
 誰かに習うという事は技術や音楽性を検証していく作業を他人がしてくれるという事ですので大幅な労力の削減になります。
 とにかく、独学でそれなりの音楽を演奏する為には、全ての音楽というものを学ぶという姿勢を常に心掛ける事が大切かなと思うのですよね。
 これはプロ・アマ問わずに音楽を演奏する方に言えることだと思います。
 ただし、YUKIさんが仰るように、自分の為(自己満足)の演奏で悦に入りながら一杯やって楽しみむのを否定するものではありません(私も大好きです)。

honey helper
記事COLON 180
登録日時COLON 水 18 5 2005, 15:52
お住まいCOLON 神奈川県横浜市青葉区

投稿記事 by honey helper » 木 11 1 2007, 12:49

Yukiさん

こちらこそ、好き勝手な意見におつきあいくださいまして、ありがとうございます。

まさに、その通りですよね。どんな事でもそうなんでしょうけど、特にクラシック音楽は「音楽自体をどう解釈して表現するか」という点が非常に高い壁だと思います。
私も、「うーん、なかなかうまく弾けたな」と言って一杯飲みたくなるのは、お手本のCDを聴いて、ちょっと自分流の解釈をつけたりして、その通り弾けない箇所は、うまくごまかしたりして・・・
という感じですものね。とてもじゃないけど、作曲家の気持ちやら、現代の解釈の傾向やら、自分のオリジナリティやらを、最初から最後の一音まで通す。しかもいつでも同じようにできる。なんて事は真似ができません。

最後にひとつだけ、昔の思い出を書かせてください。
コピーライターに成り立て(ド初心者)の頃、先輩に言われた言葉です。
「ベートーベンみたいに深刻な顔してコピーを書いてるうちは、アマチュアだ。それを鼻歌歌いながら書けて初めてプロになれるんだよ」
私の新人時代は、まだ手書きでコピーを書いていた時代だったので、原稿用紙に書き取りする事から始めさせられました(コピーを書くための書き取りってあったんですよ)。
そして、課題があると「視点を変えて明日までにキャッチフレーズを50案作って来い」なんていうのもありましたね。それでやっとキャッチが決まっても、ボディコピーの書き直しなんて10回程度は当たり前。その間に色んな本を読んで、人のテクニックを盗んだり、資料を揃えたり・・・ よく体が持ったなと思いますが、若かったからできたんでしょうね。

やっぱり、自分の持てる時間を全て費やしてテクニックを磨き、学問としての音楽を勉強する。
それが越えられない壁という事ではないでしょうか。

Ataka
記事COLON 152
登録日時COLON 火 22 11 2005, 20:08
お住まいCOLON ドイツ

投稿記事 by Ataka » 水 17 1 2007, 19:59

こんにちは

先生につくか?独習が良いか?様々な意見があって興味深いですね。私も一言加えさせてください!

基本的には先生についても独学の精神と言うのは常に必要だと思います。習いにいっても、ひたすら先生から与えられた課題曲をこなすだけでは、遅かれ早かれどこかで壁にぶつかると思います(以前の自分がそうでした)。自分の利点、欠点を意識しながら自分自身の考えで自分の演奏を向上させるように仕向けてゆく過程で、先生のアドバイスを受けるのが上達の効果的な方法だと思います。これは、結局気持ちの上では独学でやっていることと代わりは無いと思います。初心者でも上級者でも同じことなのではないでしょうか。

ここで、「独学」と「自己流」というのは若干ニュアンスが異なると思われます。クラシックギターの奏法には歴史の中で培われてきた多くの先人達の知恵がつめこまれています。クラシックギター奏法は「こう弾かなくてはいけない」ではなく「こう弾いた方が楽ですよ」という知識の集積だと思います。ギター教師とはこうした知識をその前の先生から受け継いできた(またはそれを更に向上させようと努力している)人達です。しっかりとした音楽教育を受けた先生につくということは、こうした知識の集積を習うことができるチャンスだとおもいます。一方、「自己流」でこれに気づくには、相当の努力か天才的なヒラメキが無ければ無理ではないでしょうか。これとは逆に、「独学」とはこうした先人達の集積を自分で解析・体得して行くことだとおもいます。そういう意味で「自己流」と「独学」は定義が若干異なるとおもいます。こう書くとなんだか大変そうですが、要は色々なCDを聴いたりとか、作曲家や音楽に関する本を読んだりとかですからそれなりに楽しい作業ですよね。そういう意味で、この様なインターネットを使った情報の交換と言うのは、独学の新しい形態として興味深いものと思います。

あと、先生につくということをそれほど深く考えなくてもよいのではないでしょうか。同じ趣味をもつ先輩と好きな音楽の話やアドバイスを受けに行くくらいのつもりの方が気がらくだとおもいます。教室に通えば、発表会などで人前で弾くチャンスも出てきますし、他の同好の士と知り合うチャンスも増えるはずです。「先生」といってしまうと敷居が高くなってしまいますが、乱暴な言い方をすれば結局は「趣味」の話なのですから(プロになると言うのであれば話は別です)。「ギター」と言う趣味の奥行きを広げ、より楽しめるようにするのが教室に通うメリットだと思います。

motoki
記事COLON 48
登録日時COLON 木 7 9 2006, 10:44
お住まいCOLON 阪神

投稿記事 by motoki » 木 18 1 2007, 10:25

Atakaさんのご意見にあるように、所詮 趣味の世界で楽しんでる
つもりなのに、求めるものは「プロ」の演奏をめざし いつの間にか
必死になっている自分があります。CDなどを聞いていると、このよう
に弾きたい!と思ってしまいます。

でも、行きづまると「プロ」をめざしてるわけじゃない、と甘やかしてしまい
練習をサボってしまいます。

みなさんは、練習とか演奏を日々どう感じながら弾いておられるの
でしょうか。

honey helper
記事COLON 180
登録日時COLON 水 18 5 2005, 15:52
お住まいCOLON 神奈川県横浜市青葉区

投稿記事 by honey helper » 金 19 1 2007, 14:51

motoki様、皆様

しつこく書き込んですみません。
私の場合ですが、もちろんギターは「趣味」です。でも「趣味」は、「仕事」ではありませんが、「遊び」でもないと考えています。趣味と遊びの違いは、目標を持つか持たないかだと思っていますので、できるできないは別にして「プロの演奏並み」という目標は持っています。
もちろん遠く及びませんが…。

そして、以前も書きましたが、私がクラシックギターにのめり込んだきっかけはアンドレスセゴビアのバッハのCDでした。ですから、永遠の目標はセゴビア以外にはいません。

では、何でセゴビアか、どこがセゴビアか、と言いますと、
1.まず旅回りのフラメンコ芸人から教わったギターを、独学で練習した点。
2.それをクラシックギターというジャンルにまで高めた点(ギターの使徒になろうと思ったと、彼自身表現しています)
3.他のギタリストには見られない、多彩な音色・豊かな情感を持ってギターを弾いている点。
 独断ですが、セゴビアと比べると、他のギタリストは皆「お勉強ギタリスト」に思えてしまうのです。
 例えば何かの教本で、アポヤンドとアルアイレの音色が違ってはいけないと書いてありました。それなら、何故その2種類の弾き方があるのでしょう?アポヤンドの音色とアルアイレの音色を使い分け、音楽表現を多彩にするためではないからでしょうか?
 また、同様に「バッハには感情を入れてはいけない」とも読んだことがあります。そんなバカな!バッハを弾くと心の中に深い落ち着きが生まれます。
当然そのような感情が移入されてしかるべきだと思います。

もっと言えば、何故クラシックギターはネックを握りしめてはいけないのでしょう?エレキギターのように上下ビブラートを掛けてはいけないのでしょう?その方が効果的な場合があるのに!右手のフォームも親指の爪、肉、爪と肉という風に色々音色を使い分けられるよう、自由であるべきです。
まだ、言いたい事は山ほどありますが、結局私が弾きたいのは、自分のクラシックギターなのです。(セゴビアは私の神ですので、例外です)。

最後に、五弦バンジョーの名手「アールスクラッグス」の言葉を。
「もし誰かがあなたのバンジョーの弾き方を『それは正統ではない』と言ったら、こう言い返しなさい。『これこそが私にとっての正統なバンジョーなのです』と」。

今日は仕事がヒマなせいか、つい熱くなってしまいました。すみません。

Yuki
記事COLON 175
登録日時COLON 木 11 5 2006, 13:38
お住まいCOLON 八千代市

投稿記事 by Yuki » 金 19 1 2007, 17:09

motokiさん

ご意見を拝読して、膝を打って納得してしまいました。自分を鏡で見ているようで。。。

アマチュアというのは目標は高く、努力は足りず、というのがあるべき姿?かも知れませんよ? 知り合いにひところゴルフにのめりこみ、シングルまでは行きました。でもプロといかに差があるか、彼自身が一番感じているようです。音楽であれ、スポーツであれ、お金を取れるというのはその先の努力ができるかできないかの違いでしょうね。さらに言えば、一流の、というの条件をつければさらに先天的な資質がものを言うのかも知れません。

honey helperさん

そうですね。自分の音楽、自分のギターを楽しみましょう。ただまったくの白紙から始めるのは案外難しいことです。ですからhoney helperさんの場合はセゴヴィアであり、あるひとにとってはイエペスやバルエコであったりするんでしょうけど、そういうアイドル?を目指して自分なりに精進していいきたいと思います。
Yuki

Tomo
記事COLON 27
登録日時COLON 金 22 12 2006, 12:24
お住まいCOLON 宗像

私の練習法

投稿記事 by Tomo » 水 24 1 2007, 12:40

 私は教則本を参考に曲を演奏することと、CDや、たまのプロの演奏会を聞くことがギターとのかかわりで、練習でもあります。私は練習でもなんでも、ただ弾いているだけで楽しく(むしろ没頭して何も考えていない状態)なります。仕事から帰っての夜に練習するわけですが、限られた時間の中でもすぐに1時間は経過します。はじめたきっかけはずいぶん前(40年近く)なので明確ではないのですが、なにか自分でも音楽を表現したいと考えたときに、手軽で手に入れることができた楽器がギターであったと記憶します。結局、”趣味”ということでしょうか?
したがって、先生についたりという経験は全くありません。

高橋 秀樹
記事COLON 2
登録日時COLON 土 9 6 2007, 01:42
お住まいCOLON 秋田

独学について・・・私見

投稿記事 by 高橋 秀樹 » 土 9 6 2007, 03:10

 16才から弾いています。今、52才。随分な時が流れています。全くの我流です。20年ほど前、一度だけカワイの教室に在籍したことがあります。その印象です。

 
薬指第一関節破損人

honey helper
記事COLON 180
登録日時COLON 水 18 5 2005, 15:52
お住まいCOLON 神奈川県横浜市青葉区

投稿記事 by honey helper » 土 9 6 2007, 16:49

私もクラシックギターではありませんでしたが、14歳から弾いています。来月49歳になります。
一時、高校のマンドリンオーケストラに在籍したことがあり、少し手ほどきを受けましたが、基本的に全くの独学です。
このスレッドを拝見していて、私の「師」は誰なんだろう?と改めて考えました。
私の「師」は、まさにレコード(今はもちろんCDですが)でした。まあ曲によっては耳コピだけでは難しかったりするので、楽譜を併用しましたが。
それと、ギター友達との情報交換。「あそこはどう弾くんだろう?」「こう弾くんだよ。」「あの音はどう出すんだろう?」「こうして出すんだよ。」
これの積み重ねだったと言って過言ではありません。

ですから、別なところで、最近クラシックギター愛好家の皆様とたまに一緒に弾かせていただいております。これがまた参考になるのですね。
意識すれば、先生は周りにいくらでもいると思います。

高橋 秀樹
記事COLON 2
登録日時COLON 土 9 6 2007, 01:42
お住まいCOLON 秋田

たとえば、早いパッセージを弾くとき!

投稿記事 by 高橋 秀樹 » 日 10 6 2007, 00:51

 honey helperさんのおっしゃるとおり、「意識すれば、先生は周りにいくらでもいる」と思います。
 たとえば、早いパッセージを弾くときは・・・「むしろ、ゆっくり・正確に・はっきり弾くように」と教わりました。「ピアノレッスン」というテレビ番組のなかでです。
 なるほど・・・と納得しました。一定量の旋律を機械的なリズムの中に押し込もうとすると、どうしても雑になります。そんな時はテンポを落としていいのです。それがむしろ自然です。
 というわけで、ここにも私の「師」がおりました。

 今日の結論・・・「師」は偏在する。気付くかどうかだけである・・・と。どうでしょう?
薬指第一関節破損人